■第2回「カットノベル」アワード選評
村上春樹が新作を出せば、2週間で百万部を越えるような現象も起きるけれど、総じて本は売れない。作家や編集者たちと話をするたびに出版不況が語られる。
もちろん手をこまねいていては現状を打破できないので、サイン会やトークイベントなどをさかんに仕掛けるようになった。作家と作品の宣伝の一環である。売 れないなら売りにいくしかないのである。海外(とくにアメリカ)ではよく作家を囲むトークイベントはさかんに行われているが、日本でも毎週のように各地で イベントが行われるようになった。
そういう状況を身に沁みてわかっているので、前回の「カットノベル」アワードの授賞式には、友人の編集者たち に声をかけた。1分間の本の宣伝ヴィデオ・コンクールをはじめた、と伝えたら、それは面白そうですね! と興味を示して遊びにきてくれた。授賞式では、応 募作品をすべて流したのだが、編集者たちには好評だった。海外の出版界に詳しいH書房のYさんによると、アメリカのインターネット書店ではこの手のヴィデ オを作っているところがあるから面白いかもしれないといってくれた。出版不況のなかで、未知の読者をよびこむひとつの手段になるのではないかと考えてくれ る編集者もいた。角川書店の山田剛史氏(「野性時代」編集長)である。
さっそく角川賞を作り、「カットノベル」アワードは、出版社とのパイプができた。ほかにも興味を示す出版社があるので、カットノベルはもっと注目されることになるだろう。つまりクリエーターたちの新しいビジネスのはじまりなのである。
だからこそ、どのくらい“使える”新人に出会えるだろうと思ったのだが、今年もまだ応募者側にプロ意識が少ないようだ。もちろん意欲的な優れた作品もある けれど、全体的に、カットノベルで世に出るのだ、私はこれで成功するのだ、という意識が足りない。私はこの分野で第一人者になるのだ! という強いプロ意 識に出会いたいのに、みんな趣味程度にしか考えていないのではないか。
いきなり厳しい書き方になったが、僕も主催者側も真剣なのである。出版社だってそう。新しい才能を求めているのである。売れっ子の映像作家になってほしいのだ。
前置きが長くなった。さっそく選評に移りたい。
今回は3ステージにわけての応募という形になり、全部で36本集まった。全体のレベルは悪くないが、いささか趣味に走っていて、作品紹介ヴィデオの役割に 乏しい。未知の読者に本を読ませる(買わせる)力に乏しいのである。街の中の書店で流して(またはインターネットの出版社や書店で流して)、この1分間の 映像を見て人は本を読む(買う)だろうかという視点で作られていないのが散見されるのだ。「カットノベル」とは、作品の解釈ヴィデオであり、同時に(いや 何よりも)、未知の読者を開拓し、本を読みたい気持を起こさせる煽動装置なのである。それをもっと自覚してほしい。
さて、36本の中から、それなりに煽動力のあるものを26本を選んだ。まずは一次通過作品だ。
・Acid Sugar Cublic 『断食芸人』(フランツ・カフカ)
・山本倫己『ヴィヨンの妻』(太宰治)
・片野坂亮『或る女』(有島武郎)
・STUDIO F+『宇宙戦隊』(海野十三)
・新立翔『高野聖』(泉鏡花)
・水井翔『舞姫』(森鴎外)
・もりチャン『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)
・Stella『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)
・NODYNADY FILMS『注文の多い料理店』(宮沢賢治)
・水井翔『風の又三郎』(宮沢賢治)
・新井貴淑『いのちの初夜』(北條民雄)
・pataphys『或る少女の死まで』(室生犀星)
・STUDIO F+『孤独』(蘭郁二郎)
・ヤモリ鍋『植物人間』(蘭郁二郎)
・鈴木優人『走れメロス』(太宰治)
・新立翔『透明猫』(太宰治)
・MOG 『貝の火』(宮沢賢治)
・taka『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)
・Acid Sugar Cublic 『黒猫』(エドガー・アラン・ポー)
・野本梢『山月記』(中島敦)
・そらいろめがね『斜陽』(太宰治)
・キュープラス『夢十夜』(夏目漱石)
ひとりよがり、説明不足、あまりに現代的すぎて誤解を招く作品を外して、以下の16本にした。第二次通過作品だ。
・Acid Sugar Cublic 『断食芸人』(フランツ・カフカ)
・山本倫己『ヴィヨンの妻』(太宰治)
・STUDIO F+『宇宙戦隊』(海野十三)
・新立翔『高野聖』(泉鏡花)
・水井翔『舞姫』(森鴎外)
・もりチャン『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)
・水井翔『風の又三郎』(宮沢賢治)
・新井貴淑『いのちの初夜』(北條民雄)
・ヤモリ鍋『植物人間』(蘭郁二郎)
・鈴木優人『走れメロス』(太宰治)
・新立翔『透明猫』(海野十三)
・MOG 『貝の火』(宮沢賢治)
・Acid Sugar Cublic 『黒猫』(エドガー・アラン・ポー)
・野本梢『山月記』(中島敦)
・そらいろめがね『斜陽』(太宰治)
・キュープラス『夢十夜』(夏目漱石)
Acid Sugar Cublic 『断食芸人』『黒猫』はともにアート的で斬新で、ひじょうに魅力的である。アート賞という部門があったら間違いなく受賞だ。ただ作家性を追求すぎて、読者 との距離を作ってしまった。一言でいって作品の紹介がもうひとつなされていないために、映像はいいが、どんな作品なのか教えてよ! という不満が残る。
STUDIO F+『宇宙戦隊』はユーモラスで、古い予告編風で、僕はとても面白く見たが、どうしても演技が拙くて、学生の自主映画風なのが難だろう。ただ方向は間違っていないので、来年の新作に期待したい。
そのほか、往年のモノクロ映画の予告編的なもりチャン『蜘蛛の糸』、とんがった映像のヤモリ鍋『植物人間』、現代的な“ツッコミ”で笑わせる鈴木優人『走 れメロス』、なんともいえない詩情のある新立翔『透明猫』、切り絵風の味わいがいいMOG 『貝の火』、緊張感のある映像の野本梢『山月記』なども印象に残ったものの、全体的に密度がもうひとつなので落した。
ということで、最終候補作は、以下の7本になった。
・水井翔『風の又三郎』(宮沢賢治)
・キュープラス『夢十夜』(夏目漱石)
・そらいろめがね『斜陽』(太宰治)
・山本倫己『ヴィヨンの妻』(太宰治)
・水井翔『舞姫』(森鴎外)
・新立翔『高野聖』(泉鏡花)
・新井貴淑『いのちの初夜』(北條民雄)
7本のうち、まず落とさざるをえなかったのは、新井貴淑の『いのちの初夜』。ナレーションとキャプションで文学史的な作品の位置づけをして過不足ない。た とえば川端康成が推賞した作品であるとか、伝説的な夭逝の作家であるとかなどの情報と作品の紹介でカットノベル的な要件を充たしているのだが、残念ながら それ以上のもの、つまり製作者たちによる作品の解釈、そこから生まれる個性が見えない。没個性的な予告編なのである。
次に、新立翔の『高野 聖』。こちらもカットノベルのもつ商業性、つまり読者の購買意欲を高める企みはある。不気味さをかもしだし、蠱惑的な女性(なかなか良い立ち姿である)も 登場させて、泉鏡花の幻想美に迫っている。正攻法の予告編的内容で好感がもてるのだが、昨年の佳作をとった『滝のある村』(牧野信一)と比べるとアンサン ブルが弱い。
惜しいのは、山本倫己『ヴィヨンの妻』である。作品のフレーズをあふれんばかりに多用して、画面も躍動的で、音楽も軽快。ただ、情報過多というか、あまりに文章が多く、画面も賑々しくて、もうひとつイメージが定着しないうらみがある。
同じく太宰作品を扱ったのが、そらいろめがねの『斜陽』。太宰はアフォリズムの天才であり、引用したくなる警句や箴言が多数があるが、作者は、“恋”に絞 り、いくつか引用したあとに、「人間は、恋と革命のために生まれて来たのだ」という言葉を提示し、「戦闘、開始。」とつなげる。『斜陽』は没落家庭を描い た傑作であり、文学史的には敗戦を迎えた日本人の滅びの美しさを謳った作品とみられているが、しかし現代において、その観点では読まれない。いまなお読む ものを惹きつけてやまないものは何かという観点から、作者は“恋”と“革命”と“戦闘”という言葉を選んだ。つまりそれこそが名作の“新しさ”なのであ る。それをしっかりと捉え、現代の雑踏の風景に重ねることで生々しさをだしている。太宰作品がもつポエジーもあり、なかなかの作品だ。
水井作品 が二作。水井は昨年『土神ときつね』(宮沢賢治)を応募してきて、最終候補に残ったが、作品の紹介というよりも、宮沢賢治の世界の映像化の趣で、原作のス トーリーがわかりづらいのが難だった。それは『舞姫』にもいえる。映像は素晴らしい。詩的で、抒情的で、見事である。だが、この一分で、いったい読者は何 がわかるだろう? 作品を読んでいる僕には、物語の儚さや愁いといったものが映し出されているとわかるが、未読の人間には雰囲気の優しいイメージフィルム でしかない。書店で、書斎のパソコンの前で、未知の読者を立ち止まらせて(迷わせて)どうするのだ?
しかし『風の又三郎』はいい。言葉よりも映 像で語りたいという作家意識が強く、言葉はぎりぎり抑えられていて、やや説明に欠けるが(繰り返すが、カットノベルとは作品を読んだ人間の解釈ヴィデオだ けでは駄目であり、未知の読者を煽動する役目をもたないといけない。水井作品は、だれもが原作を知っている、だから行間を読んでくれると読者に甘えている のだが)、それでも映像は郷愁をかきたて、物語紹介には謎をふくみ、どういう作品なのだろうと想像をかきたてる力がある。
その力は、キュープラ ス『夢十夜』にもある。原作がもつ不穏と恐怖をもっとだしてもいいかと思うのだが、作者は優しい狂おしさを選んだ。流れるようにくるくる変貌していく夢 (砂絵風のアニメーションが魅力的)、その不気味なイメージと言葉が見る者の感情をざわつかせていく。それこそが『夢十夜』の世界であることを(小説は もっと怖いけれど)巧みに伝えている。
以上のことから受賞作を考えた。まず、ずばぬけた傑作はないので、今回は最優秀作品はなしとする。 ただし、水井の『風の又三郎』とキュープラスの『夢十夜』はとても良く、甲乙つけがたいので、二作を優秀作品とする。佳作は、山本倫己『ヴィヨンの妻』に も未練があるものの、焦点の力強さという点で、そらいろめがねの『斜陽』にする。
最初にも書いたことだが、カットノベルは新しいビジネス モデルになる。新しい分野で成功したいのなら、いまこそチャンスなのである。先駆者になれる世界があるのだ。本を何度も読み込み、作品の肝を捉え、斬新な 映像で勝負してほしい。次回も、新しい才能との出会いに期待したい。
--選考委員・池上冬樹(文芸評論家)
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